ボスニア・ヘルツェゴビナ/Bosnia and Hercegovina

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国旗
ボスニア国旗


首都:サラエボ


人口:384万人 日本で10番目に人口の多い静岡県と同じぐらい


面積:約51000㎡  日本一大きい都道府県の北海道が約83000㎡


言語:ボスニア語、セルビア語、クロアチア語 ボスニア語とクロアチア語はアルファベット、セルビア語はキリル文字

3つの言語は方言ほどの違いしかないが、各話者はそれぞれの言語を固有の言語だと考えている人が多い。


宗教:イスラム教、セルビア正教、カトリック


一人当たりのGDP:1900USD 約16万円


場所はここ

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名前は聞いたことあるけど、あんまりよく知らないって人が多いかも知れないこの国

アウシュビッツ強制収容所と並んで

yskがヨーロッパで絶対に行って欲しい場所の一つです



具体的に説明しても上手く伝えられないと思うので、とにかく行って「感じて」下さい。

アウシュビッツに言った人ならこの意味よく分かってもらえると思います



95年まで紛争をしていたこの国は20万人以上の死者と200万人を超える難民を出しました

その指揮を取ったのがこの男

カラジッチ

ラドヴァン・カラジッチ



1995年の和平調停後、国際指名手配が出され2008年にセルビア国内で身柄を拘束された。

それまで5億円の賞金がこの男の首に掛けられ、CIAをはじめ西側諸国のありとあらゆる機関や、プロの賞金稼ぎがこいつの行方を追ったにもかかわらず13年もの間捕まらなかった。

それだけではなく、本人名義で本まで出版し、一部のセルビア人の間ではヒーローであった。






そもそもこの紛争、どこがどこをやったのか?

簡単に分けるとこんな感じ

bosnia_sfor_97.jpg


一つの国に3種類の民族が住んでいて、宗教も言語も違うためこの間で対立が起こった。


緑がボシュニャク人(イスラム教)

ピンクがセルビア人(セルビア正教)

ちなみにセルビア人はこのピンクの地域に独自の国を作っていた:スルプスカ共和国

黄色がクロアチア人(カトリック)




ここで旧ユーゴスラビアから独立しようとしたボスニャク人とクロアチア人をセルビア人が武力で押さえ込もうとした。


特にイスラム教徒であるボシュニャク人が虐殺された。




その指揮を取ったのが例のあのオヤジ

一部のセルビア人にとってはヒーローである彼、数々名言を残しているらしいが

その中でも一番印象に残っているのがオランダの国際裁判所の法廷で放ったこの一言


「おいCIA、話しが違うやないか」 (大阪弁で言ったかどうかは未確認)


意味分かります?

13年間悠々と逃亡生活を満喫して

2冊も本人名義で出版し

挙げ句の果てには偽名で講演会までやっていたこの男



そりゃー、5億円の指名手配のビラの電話番号がアメリカ国内専用番号で


探しに行った賞金稼ぎは国外退去になり


本気で探そうとしたNATOの隊員はアフリカに左遷されるのも


納得できる気がします。



世界中から追われ、世界中が13年間も見つけられなかった男ですよ。



世の中って矛盾してる気がしませんか





こいつのお陰でどれだけ多くの人が命を失い、大切な人を失い、家を失い、希望を失ったのかなんて

僕には想像もつきません




世界って、世の中って、政治って、国って、なんですか?

正義≠真実



辛いけど、それは真実なのかもしれません。

スクリーンショット(2010-10-08 6.40.54)



*もう一人5億円の指名手配になっているラトコ・ムラジッチは未だ捕まっていません


興味があるけど、今すぐ現地に行けない人はリチャード・ギア主演の

HUNTING PARTY

という映画を観て下さい。

他の戦争映画のように暗い内容では無く、ユーモアを交え上手に分かりやすく描いています。



*ちなみにこの映画が公開された直後にカラジッチは実際に逮捕されました。

やっぱり、世の中って・・・



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